Бывший блог ZUN'а «Touhou Shofu», Часть 10

Материал из Touhou Wiki
Перейти к навигации Перейти к поиску

Эта статья содержит сообщения из бывшего блога ZUN'а «Touhou Shofu» (東方書譜)

■2004年08月10日(火)  美味しい漬物と、成長と発酵

意外と忘れやすい事実だが、実は自分以外の人間も成長する(当たり前)
10年振りに会った友人が、記憶の中の姿とあまりにも異なり認知できない事もある。
それとは関係無いが、もっと重要で忘れがちな事は、人間の創作物も成長すると言う事である。

この事は創作に関わる者は注意しておきたい。
創作物を成長しない物として見る目は、時として創造主の成長をも妨げるのだ。
期待も偏見も全て同じであり、創造主に「こういう創作物を期待している」と
考えた時点で、創作物に蓋が出来る。その目には創作物の成長を認知できない。

大体の人間はその蓋を持っている。
このジャンルにはこの硬派な蓋、あのシリーズにはこの萌えな蓋、
そのメーカーにはギミックの蓋、と一つ一つ丁寧に蓋を被せていく。
当たり前の様に創作物の成長を見えなくなる様に蓋をするのをよく見る。
そういう自分も当然の様に蓋をする。
気がつくと自分が通った後ろには、錆付いて動かなくなった蓋ばかり……。

それは何故か。
人間は自分が把握出来ない物の成長を感じる事は出来ないからだ。
親は子供に対し「成長した」と言うが、子供が「大人は成長したなぁ」、なんて言わない。
大人を全て把握できていないから当然である。
ただ、それを言う事が出来る様になる方法が一つある。それが蓋を被せる事なのだ。
例えば、親という蓋を被せれば、子供はその範囲内でなら自分なりに理解できる様になる。

子供は、大人を理解する為に蓋を被せる。
だが、子供が理解できない大人は、子供にも蓋を被せてしまう。
その時、子供は蓋を避けて成長してしまうかもしれないが、大人には不良分子にしか見えないだろう。
本当は不良分子こそ、成長の証だというのに。

人間は、人間の創作物も成長をするという事を忘れ、理解する為に蓋を被せてしまう。
訳の判らない芸術も、印象主義とかそういった蓋を被せば理解した気分になれる、が、そこで芸術は足止めを喰らう。
音楽もロックとか蓋を被せば、理解できた様な詳細な評価が言える様になる、が、他の特徴は身を隠すだろう。
ゲームだって創作物だ。だからSTGという蓋を被せば理解した気分になれる、
だが、本当は一部分しか理解していない事に気がつかない。

だから、「このゲームは、STGとして面白い」とか、「STGに詳しくないから面白いかどうか判らない」、
なんていう摩訶不思議な評価も、違和感が無いようにみえてしまう。
本来、面白いというのはそんな感覚ではない筈だ。

あくまでも蓋の下だけで、今回は上手く漬かった、今回はあまり美味しくなかった、
蓋の下は発酵したお漬物、蓋からはみ出た物は腐った物、と繰り返しているだけで、
蓋が動かない限り創作物の成長は止まってしまっている事に気がつかないのだ。

時としてプロは、ターゲットが持つ蓋の下で、ユーザーの納得が行く美味しい漬物を作る必要がある。
プロのゲームはユーザーが喜ぶものが最良のゲームだから、あえて創造を犠牲にして熟成だけを追い求めてるのだ。

同人がそのプロのスタイルを真似してしまっては勿体無いと私は考える。
蓋を飛び越えたゲームは、売れなくても、ユーザーが望んでいなくても構わないという条件でしか生み出せないのだから。


創造主が一番捜し求めている事は、創作物の成長を止めないで自在に操る方法である。
蓋を被せないと成長は見えないが、被せると成長を妨げる。
理解出来ないと当然創る事も出来ないし……。

だが、成長を止めないで創作をする方法は二つある。
創作物の成長より速く自分を成長させて、常に蓋を創作物より高く上げ続けるか、
全ての蓋を空けてしまい、それでも理解できる様になるか。

前者は、STG→ゲーム→未知の創作物、と自分を成長させる事であり、
後者は、自分が成長とは無縁の世界に生き、主体を失う事、つまりは妖怪になる事である。
私はまだどちらの方法を実践していくのかは決めかねているが……、

今回の永夜抄でそれが見えるかもしれないと期待していたりいなかったりして。




今日、上司に井上淳哉先生のサイン会で面白い事を聞いたといわれて、
私としては大変恐縮だったり^^;
そいつを創ってるのは俺の部下だって言ったみたいですが、世の中どこで
繋がりがあるのか判らないもので。(笑)
なんか本当に世の中は狭いような気も(狭い世界しか見てないくせに)

  1. あと、C66の頒布物告知ページも作成したよー(本題)

■2004年08月14日(土)  いざコミケですよ

さぁ、もう明日は前日搬入なのでコミケ前の最後の書き込みになるかも。

で、いつもコミケの日は、始めまして、出発した、買えた、家に着いたなど当たり前の報告で、
掲示板の書き込みが激増して、あっという間に書き込みが流れてしまうので、
私が会場から帰ってくるまで掲示板に書き込めないようにさせて頂こうかなと思います。

  1. その手の報告は、念じていただければ私の処に届きますんで、念じてください。さぁ。

(勿論、書き込めるようになった後でも、同じような報告はしないでね(笑))


とーこーろーでー
[image]

例大祭で頒布した体験版plus(今では鍋敷き)ですが、



例大祭の荷物を片付けていたら……

[image]

こんなに出てきました(ぉ
(ってまだ片付けてなかったんかい)

大体50〜60枚です。鍋敷き放題。鳥焼き放題。
こんなの鍋敷き以外の何物でもないので、欲しい方に差し上げます。
とはいえ、普通に配る程の枚数ではないので、基本的には配りません。

例大祭の時、サークルさんで1サークル1枚しか手渡せなかった方
とか結構いましたので、そのお詫びも込めて、サークルさん優先で
欲しい方に差し上げたいと思います。

当日、サークル参加(東方の二次創作の有無に関係なしで)の方で
このページを見ていて、「うちの高価な鍋に敷いてやってもいいぜ」、
って方が居ましたら私に「よこせ」って言ってください。
勿論無料で差し上げますんで。

■2004年08月16日(月)  有難うございました

いやほんと。
コミケ当日はかなりの悪天候の中、わざわざ足を運んで頂き、真に有難うございます。
また、折角来て頂いたのにお渡し出来なかった方は、大変申し訳ございませんでした。

現在、体のあちこちが痛くて大変な状態だったりします(というのを理由に今日、
(同条件のはずの)店長さんにはわざわざここまで来てもらっていたり(酷い奴))
明日もちょっと一日中家を留守にしているので、掲示板やサポートの方は
明後日までお待ちください。

当日、6:30に現地入りしたとき(早すぎ)、雨が強くなったり弱くなったりで
ちょっと心配でしたが、結局そんな天気のまんまだったみたいですね。
半袖では寒いくらいの気温で、否が応でも妖々夢を頒布した時を思い出します。

まぁ、売る側だったんで暑くなくて助かった、ともいえるんですが^^;
ただ、渡されたお札が濡れてびっちりくっ付いているのを見ると、ずっと外に
並ばされてた方の苦労が伝わってくる気がします。

今回、最初に6列と言ったのですが、前日の同じブースの状況や出口や導線等
についてスタッフと話し合った結果、4列の方が安全で効率が良い、という事
で4列にさせて頂きました。
あと、行列の量とお釣りの関係上、一人六枚限り、という所からスタート
させて頂きました。
事前にお伝えした内容と異なる部分もありまして、混乱やご迷惑をおかけした
事をお詫びします。


悪天候の中冷静に並んで頂いた方、同じく雨の中の列整理や売り子、在庫整理
の方、うち担当のコミケスタッフの方のお陰で、大きな混乱も無く、予想をは
るかに上回るペースで列がまわった事を本当に感謝しています。
(まぁ、お陰で想像より早く完売もしてしまったのですが^^;)

永夜抄が完売した後は売り子を降りて、私はぐったりしていたのですが、座った
まんま挨拶したり失礼極まりない行動ばっかで申し訳ございませんでしたm(__)m

それにしても、今回妙に印象に残ったのが、海外の方が挨拶に来た率の
高い事高い事。
韓国の方からは韓国のお酒を頂いたり、台湾の方から東方の同人誌を頂いたり
 (しかも台湾語で読めない^^;)、その後偶然台湾の方が二連続したり、地球
の裏側に東方の体験版でSTG熱が再燃したという集団が居る、って挨拶に来て
頂いたり……。

こんな最果ての東の国の偏った内容のゲームで、きっと満足に日本語も読め
ないと思われる所の方にも広まるとは、ネットの世界は素晴らしくも恐ろしい
ものでもあります。
本当にこてこての日本人向けの内容なんですけどね^^;

他にも、いつも通り色んな方に挨拶に来て頂き、声をかけられる度に、疲れが
吹き飛びました。豊かな精神世界では肉体の変化なんてあってない様な物。
やはり、精神面の触れ合いが一番嬉しいですね。お礼の言葉がどんな薬よりも…


今回は、東方の二次創作を作っている方も近くに配置されていた為、私も気を
抜けなく(いや、何時も気を抜いている訳でもないですが)少々緊張しましたが、
一般参加の方は楽だったのかも知れませんね。
次回申し込みのジャンル備考に「同人ソフトを元にした本等」が追加されていた
ので、次回も同じようになるのでしょうね。緊張(笑)
また、今回も一日目に参加した方とかからも、わざわざ本を頂いたりして、
本当に嬉しく思います。

そんなこんなで、お礼ばっかの一日でしたが、色々な理由によりオフ会に顔を
出させて頂きました。
もう疲れすぎて、余り気の利いた事を出来なかったのが心残りですが、取りあ
えず、みんな東方を楽しんでいる事がチクチクする程伝わってきたので、かな
り嬉しかったです。


あとですね。永夜抄の委託開始の時期ですが、9月頭くらいには出来ると
思います。
ただ、進行不能とか致命的なバグは出ていないようですが、一度取れるバグは
取ってから再プレスしたい、という気もしなくもなく、その場合は若干遅れる
可能性もあります。


そうそう今回のコミケットプレス、嬉しいやら恥ずかしいやらで、嬉しいです。
注目して頂いた方には本当に感謝します。豊かな精神世(略)
それにしても、周りはプロの漫画家か何かばかりじゃないのかな?
同人ソフトを創っている方は、やっぱり同人ソフトなんですね(笑)

それでは、ぐったりします。
明日も用事で埋まってますが

■2004年08月20日(金)  ちょっと

私の方が今を振り返る話。

沢山のメールや掲示板、また実際に会っての挨拶でいつも激励や感謝のお言葉を
頂き、真に有難うございます。
そう言った言葉が大きな励みや創作に繋がっています。(体の方はビールで)

そんな中、とある方から感謝のメールを頂き、その内容に私の方が感動してしま
いました。その内容は、ちょっとネタバレになってしまうのでここでお伝えする
事は出来ないのですが、とある曲に関しての内容でした。

私が生まれるより前から教職についていた方だそうですが、その曲を聴いて今ま
で正しいと信じて教えてきた「とあるもの」を、改めて見直す機会になったと……

確かに、その曲にはメロディにも深い意味を込めて創りました。
でも、私はあくまで自分の為、自分のゲームの為に考え、それで意味を込めただ
けなのです。そういった行為であっても、少なからず現在の一部であり、それが
また新しい過去になっていく……。
新しいイメージは、既存のイメージを組み合わせるのでも、全ての既存のイメー
ジの外にあるのでもなく、既存というものを固定しない所から生まれる。
そんな当たり前の事に、そのメールを受け取った事で気付かされました。

そのお方のメールは、最後にこんな感じで締めくくられていました。

>どんな物にも終わりはなく、また、その根底は人がいる限り、形を変え、姿を
>変え広がっていくのだ、ということを知ることが出来ました

むしろ私の方が気付かされています(笑)

■2004年09月11日(土)  拘りという売り文句の罪報

いまやゲームには売り文句が付き物である。
商売であれば売り文句は興味を持って頂く為であり、非営利目的であったとしても公開する意図は商売とさほど変わらない。やはり遊んで頂く為に公開するので売り文句は存在する。
売り文句は、ユーザーにゲーム内容を簡潔に伝えたり、ゲームを選ぶ一つの指針とする事が出来る。
これだけだと売り文句はただの宣伝の様であるが、実はこれもゲームの一つとして機能している。プレイする前にあえて先入観を与え、ゲーム内にそれに対応した仕掛けを置く事で内容の質を変化させる事も出来る。これは立派なゲームの一つだ。

だが、この売り文句の中に安易に使えて、かつ効果的なものだが、新しく生まれてくる創作者に勘違いをさせてしまう可能性がある言葉がある。

それが「拘り」である。

ゲームの良さは徹底した拘りにある。これは間違いではない。どうでもいいことでも徹底的に拘りが見れるゲームは、プレイしていても心地よい物である。ユーザーにもこの心地よさを訴えたい為に、売り文句に「拘り」という言葉を入れるのだ。

温泉を掘るとした場合、穴が深いほど温泉は出易い。この穴の深さがいわば「拘り」である。500m掘った所で望んでいたような温泉が出なかったとしよう。この時諦めて偽温泉を開業して、売り文句は本当の温泉だと偽って営業するのだろうか。それとも「拘って」もう少し掘って見るのだろうか……。

ふと、物凄く勘違いしている所がある事に気が付く。確かに深く掘れば掘るほどお湯が出る可能性は高くなるが、そこに拘って深く掘っている理由は、「純粋に温泉が出る」事とは無関係である。実際は「その場所で開業が出来る」事に拘っているのだ。そこを掘る予算が尽きてしまったとしたら、一体何に拘ってここを掘っていたのだろう、もしかしたら100m隣だったらもうお湯が出ていたかもしれないのに……、と考え、後悔してしまうかも知れない。

しかし、別の人が300M隣で温泉を掘り当ててしまった。この時先の人は、運のいい奴だ、と思うのだろうか。それとも、嫉妬を感じるのだろうか。だが掘り当てた人は、実は徹底した地質調査、衛星写真まで利用して最良の場所をピンポイントで探し出していたのだ。つまりそこに「拘れ」ば、望みどおりの温泉が出る事を確信していた。ただ闇雲にその場所に拘っていた訳ではないのだ。


拘る事とは洗練し、味わい深くする事である。それは同時に狭く狭く、深く深くする事でもある。つまり拘りとは、創作者の中では最後の最後にする仕上げである事を忘れてはいけないのだ。

STGに拘る場合は、まずSTGの外からSTGを見る。もっと小さな所でも同じ、例えば弾幕を避ける事に拘るのならば、まずはSTG全般を見る。STGを見る時はゲーム全般を。ゲーム全般を見る時はプレイするユーザーを……。そうやって、ユーザーを取り巻く環境、ゲーム以外の娯楽、社会、世界……、と視野を広げていく。その世界まで広がった視点から光り輝く弾幕が見えた時、その時初めて弾幕に拘る事が出来るのだ。間違ってもいきなりSTGに拘ってはいけない。その拘りが世界に間違った深い傷を付けてしまうのだ。

長い間ゲームに限らず、色々な商品の売り文句に「拘り」の様な言葉がちらついていた為か、ゲーム創作するに当たっていきなり「拘り」から入る人も少なくない様に見える。それは非常に短絡的である。「拘り」はあくまで売り文句であって、創作者の指針ではない。そんなに創作は単純なものではない様な気がしてならないのだが……。

  1. まぁ、究極まで行くと実は単純なんだろうなぁ、とも思いつつ。



さて、前置きが長くなりましたが本題。
10月30日(土)に明治大学の明大祭にてトークショウに招待されました。(ってえらく唐突だな^^;)
↓詳細

[link and banner for "Dawn of Touhou"]

2004年10月30日(土)明治大学和泉キャンパス第120回明大祭内部

まだ具体的に話す内容とか決めていませんが、東方の事、同人の事、STGの事、心霊の事、何でも適当に話せるといいなぁと思いつつ。まぁ、気が向いて、時間的や人生に余裕があって、そんでもって大した内容でなくても怒らない方は是非お越しくださいませ〜m(__)m
(人が少ない方が私が楽というのは内緒)

あと掲示板でも書きましたが、東方香霖堂、カラフルピュアガールが休刊になりましたが、そのまま別の新しい雑誌にて連載しますよ〜。


Источники[править]

Страница в интернет архиве