Бывший блог ZUN'а «Touhou Shofu», Часть 3

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Эта статья содержит сообщения из бывшего блога ZUN'а «Touhou Shofu» (東方書譜)

■2003年02月16日(日)04:34  ちょっと前の話ですが

とあるゲーム会社(またかい(^^; )の開発の方からもメールを貰ってます。

(色々な方に遊んでもらってると考えると、開発に緊張してしまいますが、
もう、出してしまったものはどうしようもないんで、早い所無かったことに(笑))

で、そこでの話ですが、どうもとあるゲームのロケテのアンケートで東方の事を
書いていた方がいたみたいで。まぁ、嬉しいですが恥ずかしいような(^^;

関係無いですが(笑)式神2の新しいバージョンのロケテが
出ている様ですね。幾つか問題だったところが解消されてる様なので
プレイしてみたいのですが...


ちなみに、全然別の話ですが、東方は日本料理であるべきだと思い至りました。
目で見て味わい、舌で情景を描く。
それは、弾幕を目で見て考え、手で世界を想う事なのです。
東方は、弾幕も曲もシステムもゲーム性も、それどころかゲームそのものも、
全ては雰囲気を楽しむために存在させなければいけない、
むやみに自己主張をさせてしまっては絶対に調和は訪れない、と。

東方の場合は、弾幕は魔法であり、妖術であり、得体の知れない力なのです。
弾幕を創るのでなく、得体の知れない力を表現したら弾幕になり、
弾幕美を創るのでなく、キャラクターの個性が弾幕美になったのです。

弾幕を構成する理由は、キャラの雰囲気を出す為の結果というわけなのです。
ボス戦や曲に重さを置く理由も全てはその為です。

その為、世に出ている弾幕シューとは、根底に流れるコンセプトは違うものなのかも
知れませんね。

まぁ、東方自体、元々がメタブラに影響されたものなので、当然と言えば当然ですが(笑

■2003年02月20日(木)01:06  開発三昧

RADEON と GeForceの違いが見えてきたような気がします。
RADEON は、若干おかしなデータでもなぜか表示されるけど、ちょっと誤ると
OSごとフリーズする。
GeForce は、データがちょっとでもおかしいと表示されない。もちろんフリーズはしない。
だから、GeForce で開発していると RADEON 時にうまく動かないゲームが生まれやすいのか?
あと、RADEONで、DirectX のデバッグランタイムをインストールしていると、
幾つかのゲームが起動すらしなかったので、
「EAccessViolation がモジュール なにがしで発生しました」
とかよく出る場合は、リテールランタイムにしてみましょう。

それはともかく、VS.Netが、なぜか int max という名前の引数を
持つ関数を呼ぶと、その行以降、パラメータヒントが表示されなくなるのは私だけ?
(何度も確認)

それも関係なく、
「週刊アスキー」2/10発売(←もう売ってない(汗)
「DOS/V POWER REPORT」2/28
「同人ゲームハイパーガイド2003 Dojin-X」
という雑誌にきっと東方の事が掲載されます。

まぁなんですが。誠意開発中の証拠である謎画面を↓

■2003年03月18日(火)01:56  なにげに

新システムが出来つつ。
今のところ若干複雑な内容ですが、プレイ自体はより純粋なものに。
通常はチェリーポイントによる全消しは行われないので、とことんまで避けて
もらいましょう的な方向に変えましたw

  1. 変えたというか、本来の方向に戻したという。


結構良い感じで調整できているので、早い所完成させたい。
のんびりやってたら、結構ギリギリな感じ。
音楽CD作れるかなぁ(汗

余談、ラスボスのラフ第一弾を描いたら、余りにも萌える上にカリスマ低そう
だったのでお蔵入りかもw

で、避けさせる気の無い未調整攻撃+ちょっと変化した得点システム↓

■2003年05月04日(日)09:50  気が付いたら

こんな時間に・・・、風呂入って寝ます

で、昨日はボーダーダウンをやりまくって来ました。
やりまくったのに最高でも4面ボスまでしか行けなかった(T_T
これの最大の理由は難易度じゃなくて、死ぬたびに敵配置が変わるから学習出来ない(^^;
次同じボーダーに来ても、どこで危険な目にあったかなかなか覚えられないんですよね。

しかも調子良いとランクが上がってとてつもなく難しくなるし。
面数も異様に多いし、クリアしたいのにクリアできるか不安・・・(^^;

プレイ中しきりに、ゲームの創り方ってこうだったっけ?と疑問に感じてました。
というのも、恐らくこのゲーム、
「一つの場面を色んなケースからプレイするようなSTGを創りたい」
みたいなコンセプトだと思われるんですが、予想ではこのコンセプトからシステムが
創られ、システムから世界観が創られたと感じてならない。

このとき私は、ゲームは、創りたい世界観を用意して、その世界観が新しい
システムを生み出すのではないだろうか、と思わずにはいられませんでした。

よく思い出すと、昔のゲーム(特に名作と呼ばれるもの)は殆どそうだった気がします。
こういう世界観のゲームを創りたい、と言う発想が、新しく且つ世界観にマッチした
システムを生み出していたと思う。

先にシステムから用意した時点で、統一の取れたゲームが出来るかは運任せになり、
運が悪いとゲームは主軸を失い、濁った小システム集に成り下がる恐れがある。
それに、新しい発想のシステムが生まれるのは、システムが世界観を構築できた後
になるという、鶏と卵のような状態に。


STGのゲーム性はシステムに拠るものだが、システムは世界観に拠るのだと思う。
決して分離するものでも、並列に見るものでもなく、システムの親は世界観である
のだろうと。


とか、ずっと思わされました。プレイ中(^^;
このゲームは、システムに主軸があるのに、世界観の主軸を掴む事が出来なかった
ので、異様に地味に見えてしまっていたので・・・

せっかく、3種のボーダーに赤、黄、緑の三色をあしらってるんだから、それを
強調した演出があったらいいなぁ、と思ってプレイしたんですが、今のところ
殆ど無く残念。今のところ演出が自分の予想できる範囲内でしかなく、目が覚める
ような演出を希望してますので(取りあえずは後半に期待)

唯一、1面開始時の、一瞬画面が赤黄緑のフィルターがかかった演出が一番それっ
ぽくて、そういうのが出てくるといいなぁと思いつつ


ちなみに、強烈に倍率によって点差が出るこのシステムは、なぜかバクレイドを
思い出してしまった(死

■2003年06月13日(金)23:34  良く勘違いされてる様で困りますが

私が考えるに、世界観=ストーリー、設定やキャラ、
コンセプト=システムではありません(って当たり前か(^^;)

世界観はもっと別の次元に存在する概念だと思います。
また、コンセプトはゲームの存在価値そのものであり、別の言葉を使えばウリです。
その為、コンセプトはシステムを産むための概念ではないんですよね。

そんなことよりも、私はゲームを要素でしか見ないのは良くも悪くも、開発の人の病
だと思っています。
私も、要素で言いやすいので、他の人に悪い影響を与えてしまわないか不安ですが、
本当はこう考えたい(考えて欲しい)ということがあります。

  1. ゲームは遊びを楽しむための一つの作品であり、評価はせいぜい一人一つしかない。
  2. それは、気に入ったか、気に入らなかったか、だけである。


そう感じた要素を挙げる事は、悪い事ではない。
だが、要素を元に作品を分析すると、作品の本質はたちまち逃げるのである


人は天然物のマグロを食べて、美味しい、と言う。
でも、気付かないうちに、これは天然物だから美味しい、と言ってはいないだろうか?
あまつさえ、天然物だから脂身がとろけて美味しい、養殖物だから身がだれてて不味い、
など言ってはいないだろうか?
(そしてその姿に、料理人や通は苦笑するのだ(笑))

私は、マグロに対する評価は、美味しいかどうか、だけだと思う。
美味しいのは、天然物だったから。が、理想であり本質だと思う。
そういう評価が、料理人にも、なるほど今の一般の客にはこういう味の方が受けるのか
と感じさせるのである

もちろんゲームも同じ、楽しい!、つまらない!、遊びたい!、二度とやらない!
というのが最初に出る感想がもっとも実であり、
○○だから楽しい、○○だからつまらない、等理由を先に付けた感想は
虚である可能性も高い、と思う。いや自分で思うべきなのだ。

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