Febri/Интервью с ZUN'ом и Аей Адзумой о «Wild and Horned Hermit»

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[原作]ZUN✕[漫画]あずまあや 東方茨歌仙 〜WILD AND HORNED HERMIt.
連載完結記念インタビュー

「キャラ☆メルFebri」の誕生とともに連載を開始した『東方茨歌仙〜Wild and Horned Hermit』が今号にてついに完結。『東方Project』の数あるマンガ作品の中でも最長となる9年の連載、コミックスの累計発行部数は100万部を超えており、数多くのファンに愛されてきた象徴的な作品である。Febri読者ならびに東方ファンと長らく歩んできた物語の終わりを記念して、原作のZUNと漫画のあずまあやにインタビュー。(取材・文/編集部)

完結おめでとうございます。9年にわたる連載を終えて、まずは率直な感想をお願いします。

Поздравляю с завершением серии, какие у вас искрение мысли по окончанию девяти лет работы?

ZUN

隔月での連載ということもあり、話数的にはそこまででもないけど、ようやく終わったんだなという印象です。単行本ベースで見れば、東方の公式コミックは3巻で終わるものが多かったので、4巻を超えたあたりから「これ、どうなっていくんだろう」と自分でも思っていたけど(笑)。

Выдавать две главы в месяц не так уж сложно, но у меня складывается впечатление вроде «наконец-то закончилось». Если посмотреть со стороны, то большинство официальных комиксов по «Тохо» закончились после трёх томов, поэтому я задавался вопросом, что будет после четвёртого тома (смеётся).

Адзума

ありがとうございます。9年、長かったですね……! 大学に入りたての頃にデビュー作としてスタートして、ほぼ20代を連載とともに歩んできたことになります。もともと趣味の一貫として東方の同人誌を描いていたところにオファーをいただいて……ですから作家人生を左右することになった大きな作品ですし、担当させてもらって良かったです。今思えば、当時はマンガの経験もほとんどなかったですし、こんな人に描かせていいんだろうかと思いましたよ。

ZUN

当時の東方の盛り上がり方を考えても、そのほうが良かったんです。でも、ここまで続くとは思わなかった。始めた当初は「もし、Febriが終わったら、次はどこで連載しようかな」って心配していたくらいで。ここまで長く続いたのは間違いなく、今もFebriがあるからこそですね(笑)。

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Адзума

マンガ誌ではなく普通の雑誌での連載とは聞いていましたが、初めて献本されたとき、小さい版型でビックリしました。

Я слышала, что она была напечатана в обычном журнале, а не в манга-журнале, но когда мне впервые предложили её, я была удивлена небольшим размером шрифта.

47話から最終話までは、クライマックスにふさわしい続き物の長編となりました。

Кульминация была задумана с самого начала?

Адзума

これまでのほのぼのした日常とは異なり、バトルマンガですよね。絵で説明する部分も大きいですし、バトルをがっつり描いたことがなかったのでプレッシャーでした。ZUNさんからバトルシーンはかなりお任せしてもらえたので、全体の流れを踏襲しつつもマンガ的にこうしたほうが良くなる、わかりやすいかなというところを入れていったら、ページ数が増えて前後編になりました(笑)。

ZUN

正直、これまでのお話で(茨木)華扇が主人公として動いていたことがほとんどなかったので、最終話ではちゃんとメインに置きたいなと思ったんです。(博麗)霊夢からすると敵のような立ち位置ではありますが、それは最初から想定していて、華扇のミステリアスな部分やその正体は読者が知るところですし、それを明かすこと自体が面白いだろうと。ミステリーもので、犯人は誰でも想像がつくんだけど、そこに至るまでの話やトリックをあとから暴いていくことを楽しむという形式ですよね。

最初からクライマックスは決まっていたのでしょうか?

ZUN

具体的には決まっていなかったけど、なんとなく最後は霊夢と戦うしかないだろうと思っていて、それをどう見せるかを考えていました。華扇と霊夢が戦ってどちらが勝ったかはそんなに重要なことではなく、最後は霊夢だけが華扇についての秘密を抱えなくてはいけない、そういう幕引きをしたかったんです。キャラクターの関係性を考えて話を作っていく都合上、今後のことも考えるとそのほうが便利だったんですよね。それで言うと、最初に華扇という説教キャラを用意したのも、説教されるキャラを成長させたいわけだから、最終的に霊夢や彼女の立ち位置が変化していくのを楽しむお話になったのかなと。

Адзума

そうですね。だからこそ霊夢をカッコよく描きました。

最終話は主人公らしく華扇の語りで始まり、語りで締めくくられましたが、茨木華扇というキャラクターについて、今ではどのように思っていますか?

ZUN

初期と比べて便利な、使いやすいキャラクターになりましたね。最初のイメージだともうちょっと陰があって、いろいろなことを知っていて、言ってしまえば八雲紫的な立ち位置だったと思うんですけど、霊夢の近くにいて、霊夢と同じように物を見て驚いていくうちに、抜けた部分も増えていってユルさが出てきた。でも、やっぱり霊夢に対してはちょっと上の保護者的な位置にいる。そういうキャラクターは他にいなかったので、ちょうど良かったのかなと思います。

Адзума

原作を読んでいても可愛く描いたほうがいいのかなという場面が結構あって。そうしたユルさも含めて、やはりこの作品のキャラクターとして可愛くて仕方ないんですよね。自分にとっても特別な存在です。

最終話のその後も、霊夢や(霧雨)魔理沙たちと華扇の交流は続いていくのでしょうか?

ZUN

気になりますよね。でも、マンガを読んでもらえれば誰も華扇のことに触れていないということがわかるので、いつも通りだと思います。

Адзума

私も変わらず、同じだと思います。

ZUN

変わったと言えば、霊夢との関係だけですね。霊夢の立場が華扇に対してちょっと弱くなったくらい(笑)。

Адзума

さらに弱く(笑)。

ZUN

霊夢は華扇にちょっとした口封じをされている状態だと思うんですよね。だから、華扇の正体を明かしたところで立場が弱くなるのは霊夢。人質みたいなもので何も動けないですから。それがわかっているから華扇はああいう行動に出られたんです。あと、霊夢には「この鬼め!」というセリフ(第49話『断善修悪の怪腕(後編)』)を言わせたかったんですよね。どこでその言葉を使おうかずっと考えていて。

連載開始当初から振り返って、作品を描いていく中で変化した部分はありますか?

Адзума

私はもう、絵が変わりましたね。始めた当初からうまくならなきゃいけない、そのためには試行錯誤しなきゃダメだという意識がずっとあったので、それこそ一話ごとに新しい要素や技術を取り入れて、常に前回から変わるように作っていました。絵柄がコロコロ変わっていって読者の方には申し訳ないと思っていますが、変わらないよりは変わったほうがいいと。単行本でいうと6巻くらいで絵が安定して、9巻くらいでだいぶマンガ的には見やすくなったと思っています。

ZUN

作品は生き物ですから、当初と同じ考えで作っていることはほぼないですし、常に変わっていくんですよね。最初からこういうものを作りたいとカッチリ決まっているタイプでもないので、とりあえず始めてみてどうなるのか、成り行きで変わっていきましたし、それこそあずまさんの絵が変わっていったことが一番大きいかなと。

そういう意味では、ZUNさんとあずまさんの原作とマンガの関係性は変わっていない印象です。

ZUN

一番の理想は絵を描いてもらう人に全部任せることです。もちろん、そうはいかないこともあるので何か言うこともありますが、言い過ぎず、でも、聞かれたことには答える。『茨歌仙』は誰が描いたのかと聞かれたら、ボクがあずまさんに描かせたんじゃなくて、あずまさんが描いたって言えたほうがいいですから。

Адзума

作画側からすると難しい問題ではありますが、やはり自分の責任という面もあります。全部言われた通りにやりましただと、責任が持てないと思うんですよね。

ZUN

そこまで多くの人と一緒にマンガを書いているわけでもないですし、マンガ家さんに対して「こう描け!」みたいなリクエストはほとんどしたことがないんです。マンガを一緒に作るにあたって、僕も一緒に成長していかないといけないですからね。だから、あずまさんとの『茨歌仙』も、振り返って「こういうマンガを描いたんだな」という思いです。

東方Projectの中で『東方茨歌仙』はどのような存在ですか?

ZUN

自分の中で「東方Projectです」ってガッツリ関わるのはゲームしかなくて、マンガ原作を書いたりするのは大抵外から来た仕事ですから、そうした仕事をすると自分ひとりでゲームを作るだけじゃないことをやっている、ちょっとメジャーになった気がするんです。『茨歌仙』はそんな中でも東方のマンガを作るということが自分にとって当たり前になっていった、「マンガ原作のZUN」としての意識を与えてくれた作品ですね。それまで東方のマンガ作品はいくつかありましたが、長く続いたことで「マンガ原作のZUN」として意識的にやってきたのがこの『茨歌仙』と、ほぼ同時に始まった『東方鈴奈庵Forbidden Scrollery.』。それまでできなかったことができるようになった作品で、自分も成長していくんだなと思いました。

Адзума

この作品で、ゲームでは見られないようなキャラクターの可愛い一面を見せることができたかなと思っています。もちろん、ゲームでも可愛いんですけど、マンガではページがあってコマごとにキャラクターのさまざまな表情をいっぱい描けるので、ふとした日常を覗いてもらうような感じでしたね。

ZUN

ゲームにおけるキャラクターは、言ってしまえばゲームシステムの一部であり、ストーリーの説明でしかないですから、キャラクターの魅力を高めるための媒体はほとんどの場合、マンガになるんですよね。二次創作も然りですが、こうした公式のマンガでも新キャラを出しつつ、既存のキャラクターの日常を描ければと思うんです。

Адзума

だから、日常らしい日常回がすごく好きですね。ご飯を作ったり食べたり……。特にご飯を作る回が多くて、霊夢が割烹着を着て料理をしたり、魔理沙が何かこしらえたりする。他のマンガ作品に比べて、そういう場面がたくさん覗けるのが『茨歌仙』ですね。

ZUN

あと、東方のマンガを描くとだいたい霊夢が超人になってしまうので、とにかく霊夢の位置を下げて、ゲームや他のマンガではないような俗っぽさを出したかったんです。

Адзума

『茨歌仙』から始まった、霊夢の新しい一面ですよね。

お気に入りの回を教えてください。

Адзума

まずは、最近ですけど第49話後編を挙げたいです。読者の方にとっても衝撃だったんじゃないかと思いますが、あれが描けて9年間やってきた意味を見いだせた気がしています。第20話の酉の市回(「間違いだらけの酉の市」)も、キャラが大量に出てきて気に入っていますね。こういうお祭り回はとにかくキャラクターをたくさん描けるので、見ていて楽しいサービス回的な面白さもあると思います。あとは第43話(「博麗神社は富を寄せ付けない」)の博麗ランド回です。まさかの華扇がノリノリで霊夢側につくというところが好きです。

ZUN

43話は『東方憑依華』につながる内容ですね。この時点ではまだ『憑依華』に貧乏神が出てくることがわかっていないけど、でも既にいるんですよね。博麗神社が儲かることを拒絶しているように見えたのは、実はここにいたんだよというお話で。まだ発表していなかったので具体的には書けなかったですけど。

Адзума

そこから一話挟んで(依神)紫苑が出てきましたね。

ZUN

僕が印象的なのは第32話(「ぽんぽこ陣取り裏合戦」)ですね。(二ッ岩)マミゾウが出てきて、華扇と呑み比べをするんですが、単純に酒の強さで戦っているように見めて実はズルをしていて、しかも負けるという。手強そうな感じで出てきて、実際おいしいところも持っていたりするんですけど、ズルい手を使って勝とうとして結果的に負けるというのが好きなんです。ちょうど『鈴奈庵』でマミゾウが活躍していた頃でしたし、霊夢とかもそうなんですけど、どこかで活躍している裏で負けている、そういうのも好きなんですよね。あとは、自分の中でストーリー的に面白がりながら書いているときですね。この第32話で初めて読者に向けて「こいつ鬼だろ」と書いているんですよ。華扇の鬼っぽさや邪悪な感じも強く出ている回ですし。読者は「知ってた!」ってなると思うけど(笑)。

Адзума

はっきりと明言していますよね(笑)。

最後に読者の皆さんにコメントをお願いします。

ZUN

これまで読んできてくれてありがとうございます。『茨歌仙』が終わったからといって、華扇が死ぬわけじゃない。先ほども言ったように、霊夢と華扇の関係性が変わったあとがどうなっていくのかは想像すると面白いし、もしかしたらこれからの作品に出てくるかもしれません。

Адзума

Febriの誕生からお付き合いいただきありがとうございました。最終話も綺麗に終われて、楽しい作品をお届けできたかなと思っています。これからもマンガ家として活動していきますので、お見かけの際はよろしくお願いします!

Примечания[править]

{примечания}}

  1. Комментарий ZUN имеет две предпосылки. Во-первых, стабильность журнала «Febri» под вопросом, с его неясной направленностью на содержание и рядом необъявленных задержек с датой продажи. Во-вторых, ZUN однажды сглазил так, что средства массовой информации, на которых публиковалась его работа, были закрыты после